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2009年8月

2009年8月31日 (月)

「鍛え・育てる」抜粋その2 力量を上げるための自己鍛練

「自身の持つパワーを、正しい方向で『外』に発揮させる」ことを深澤先生は目指しています。

そのための導入的・第一関門的行為として、深澤先生は2つの視点で子どもたちを見ます。

   

・挨拶への立候補

・はっきりした返事

    

この指導について書いた87~89pの文章は迫力があり、読むと気持ちが高まる。

ここに抜き出す。たくさんです。

    

その時々の子どもたちの“到達”に応じて、様々な手法を試してきた。

ほとんどの子どもたちは立候補するようになったがある子には全く通用しない。

こんな事は山のようにあった。

その度に、帰宅してから再び”戦術”を練る。孤独な”自己鍛練作業”である。

たかが、「挨拶できる人?」に対して全員に「ハイ!」と立候補させるだけの教育活動である。

だが、私にとっては(中略)、自身の持つパワーを正しい方向で「外」に発揮させるとういう

【哲学】に基づく導入的・第一関門的行為である。

それほど重要なのだ。

だからこのように、いろいろ考え・いろいろ行ってきた。

     

その結果、以前は一ヶ月程かかっていた「全員が挨拶に立候補する」状態を

二~三日間で”生み出す”ことができるようになってきた。

数えたことはないが、私の頭の中に「挨拶に立候補させる」という“タンス”があり、

その“タンス”には数十の手法が”引き出し”として蓄積・整理されている感じだ。

すると、リアルタイムで「次の手」が打てるようになる。

アドリブ的指導ができるようになる。

    

到達させたい行為像に向けた教育活動展開中、当初用意していた手法が思ったように通じない時、

瞬時に効果的な「次の手」を打てるか。これが教師の力量を計る一つの尺度である。

特定の一手法を絶対視し、信望する教師は、その一手法を知り・使えるようになった段階で満足する。

それ以外の手法を知ろうともしないし、ましてや、自身で新たな手法を創出しようとも考えない。

こうした教師は、その手法が通用しない場面に遭遇した時点でオシマイになる。

何もできない。

「次の手」がないのだから、当然である。

     

いろいろやって子どもたちがやらないからあきらめよう。

こう考えた教師は、その後挨拶へ立候補させる指導を子どもたちに行わなくなる。

子どもたちに対して挨拶への立候補を“要求”しなくなる。

やればできる事をしていない状態を“見逃す“教師を、

鍛えられていない子どもたちはたまに「優しい先生」と呼ぶ。

     

子どもたちが何と言おうが勝手なのだが、

実はこう考えた瞬間、その教師は子どもたちに“敗北”したのだ。

同時に、子どもたちの持つ力を見切ったのだ。

「こいつらはダメだ」と子どもたちを見捨てた事に他ならない。

これが「優しい教師」か?

否!

力量ナキ「甘い教師」に過ぎない。

    

「優しい教師」とは、子どもたちの近未来を考えた上で

「これだけは絶対に身につけさせたい力」を定め・

妥協することなく指導し・その「力」を身につけさせていく教師である。

     

個々の子の“到達”は異なっている。

だから、多くの子にとっては実に簡単なのだが、

ある子にとっては教師が想定する以上に困難そうな場合もある。

“到達”の低い子にほど“負荷”がかかる。

ここで、教師の目指す具体的行為像を低レベルに引き下げてはならない。

できない子がいた場合は、教師自身の力量がまだまだと考え、

行為像レベルを下げるのではなく、

自身の力量を上げるための自己鍛練をすることだ。

    

    

叱咤激励される文です。新しい学期を前に読んで気合いを入れたい文です。

「鍛え・育てる」抜粋その1 目指すべき具体的行動像

夏休みも大詰め。深澤久先生の本「鍛え・育てる」(日本標準)を再読。

大事な言葉を抜き出しておきたい。

迷った時にはここに来る。

    

・なぜ「当たり前の事」をしないのか?(中略)本人が”楽な道”を選ぶからである。(24p)

・「当たり前の事」を確実に実行していくことは、”楽な道”を拒絶する道である。

怠惰と訣別する道である。

自身の中にある「弱さ」「甘さ」を克服していく道である。

だからこそ、学校教育(特に義務教育段階)では、「当たり前の事」ができるように

子どもたちを鍛え・育てていく視点を持ち、

全ての教育活動の隅々まで具現化しなければならない。(25p)

     

・(前略)しかし、(子どもたちの姿が)さほど変わらない時もある。(中略)

一回でダメなら、二回目・三回目と変わるまで指導していけばいい。

もちろん同じ「言い方」では通用しない。よって、別の「言い方」を考えねばならなくなる。

この繰り返しの中で、本気で子どもたちを考えている教師は、

子どもたちに響かない「言い方」の共通点に気付き、

子どもたちに響く「言い方」の共通点を発見していく。

こうして教師は、自身の力量を向上させていく。自己鍛練していく。

マイナス的言動を行う子ども(たち)をプラスに変える営みなくして、教師は鍛えられない。成長しない。(39~40p)

     

・目指すべき子ども像を、具体的行為像として描く。(47p)

    

・目指すべき具体的行為像を確立する事は、

どのような子どもたちを育て・どのような学級を作り上げていくのかを構想する事に他ならない。

目指すべき具体的行為像を持たぬまま子どもたちの前に立つ教師は、

目的地も決めず羅針盤もないまま出航する客船の船長である。

潮流や風向きや「客」である子ども(たち)の欲求に左右されながら、

漂流するしかなくなる。(50p)

             

・やればできる事すらさせようとしない行為は、子どもたちを”甘やかしている”のだ。

この事に気付いていない。

なぜ、こうなるのか?

目指すべき具体的行為像を持っていないからである。(63p)

    

    

具体的行為像をたくさん設定し、そこに向けて粘り強くやりたい。

具体的行為像は、頭の中にあるだけではだめで、書き並べ目につくところに置いておきたい。

    

研修会/講師は野口先生でした

8月25日は授業力向上講演会。

市内の小中学校の先生で、野口芳宏先生のお話を聞きました。

血や肉になってほしいことを箇条書きで書き並べます。

     

・本は必ず立って読む。

・発問には必ず指示をつける。ノートに自分の答えを書かせる。全員が当事者になる。

・授業の中に傍観者を作ってはだめ。

・子どもには努力させる。努力して良かったと思う体験をさせる。

・物語の題名は大きく書いてあります。表札です。大きく読みます。名前は小さく書いてあるので小さく読みます。

・固有名詞は、前後を開けて読んで際立たせる。

・授業では、できることより変わることが大事。変わることを恐れない。

・間違いに気付かせる授業が必要。間違いに気がついてよかったと子どもが思えるように。

・正しい読解の上に、豊かな鑑賞がある。

・教師によって答が○だったり×だったりすると、国語はバカにされる。国語はよくある。

・問われて初めて気が付くことが多い。したがって何を聞くかは大事である。

・きめ細やかな言葉へのこだわりが大事。

・根本・本質・原点。いつもこれを確かめここから出発。

・目的が目標の上位概念。目標は無数にある。目標に振り回されると、目的を忘れる。

・教育の目的。教育基本法第1条。

 「教育は、人格の完成を目指し、

 平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた

 心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」

・この目的を忘れて、個性伸長などと言われている。今は必要なことを教え込むこと。

・個性は、つぶされてつぶされて、それでよ~しと言って出てきたものが個性。

・「わかりません」は絶縁の言葉。「屁理屈をこねてみろ!」

・授業で大事なものは「学力形成」・・授業は楽しくなくても、学力がつけばいい。

・「知識・理解」が身につけば、「関心・意欲・態度」は自然とついてくる。

・発問=力のある者が、力のない者に、問いを通して教えること。

・「賢人から学ぶ愚者は少ない/愚者から学ぶ賢人は多い」(ゲーテ)

・学力形成の手段。①入手獲得 ②訂正修正 ③深化統合 ④上達進歩 ⑤活用応用

・今の教科書はひらがな多し。黒板には漢字で。どんどん漢字に触れさせる。1年生で「大きな蕪(かぶ)」と板書した。

・こんなに詰め込んでいいのかと、引かなくていい。みんな忘れる。忘れてまた出会う。

・野口流国語力 ①読字力 ②語彙力 ③文脈力

・豊かな語彙力→豊かな思考ができる

・チャンスを逃すと言葉は教えれない。その都度、類義語・反対語をどんどん示す。

・絶対に必要なことは強制する。 

      

    

たくさん書き並べました。市内の先生たちで野口先生を独り占めした日でした。

2009年8月30日 (日)

山下工美さんの2009年の作品「椅子」

今晩のNHK教育の番組「日曜美術館」(再放送)は、

新潟県の越後妻有(えちごつまり)で行われている「大地の芸術祭」のことをやるとのこと。

7月26日~9月13日の間開催されている「大地の芸術祭」

ちっとも知りませんでした。

注目は、たくさん参加している芸術家の中の一人山下工美さん。

「椅子」という作品を出品されています。

光を当てることで、椅子に座った少女が浮かび上がる山下さんらしい作品。

生で見てみたい。

けど、無理ですね。

見に行った方のブログで拝見。

その中の一つ。

「キラキラの毎日」(いいブログ名です)

http://plaza.rakuten.co.jp/chococinnamon/diary/200908110000/

ここにも「椅子」の写真が2枚あります。

その1枚。

Img466caf12zik4zj

   

    

    

    

    

やっぱり生で見てみたいです。

この作品はどうなるのだろう?

今晩のテレビ番組中にも出てくるかな?お、もうじき番組が始まります。

墓参り/選挙/与党の「与」

今日(8月30日)の午前は墓参りと選挙に行ってきました。

自動車で片道30分のところに7月にお墓を作りました。

山のふもとの静かな墓地なので、そこにいるだけで心が落ち着きます。

投票もしてきました。

今晩の結果が楽しみです。

今、中学校の社会科教師をやっていたら、

この選挙はいい教材になるだろうなと思います。

     

夏休みに入ってすぐ、面白いブログを見つけました。

言葉にこだわって解き明かしていくブログです。

「言葉拾い」http://kotobahiroi.seesaa.net/

さらにメルマガもあって、登録すると毎週日曜日に最新記事が届きます。

今日届いた内容は、「与党と野党」

政権交代があるかもしれないと言われている選挙のある日にピッタリの内容です。

引用します。    

     

■ 「与党」と「野党」 ■

「与党」と「野党」の意味なんて、知ってるよと思っていましたが、
改めて調べてみたら、意外と理解していなかったことを知りました。
そもそもある本で、
「与」と「野」が対語になっていないのは何故?
という疑問を目にしたからです。

そういえばそうですね。
それで、また漢字の分解です。

「与」
1、あたえる     贈与
2、かかわる     関与
3、仲間になる   与党

「与」といえば、まっさきに「与える」を思い浮かべてしまいますが、
仲間になるという意味があって、
「与党」は、
政府と仲間になっている党 → 政権を握っている党


「野」
1、のはら
2、民間
3、いやしい。いなかびている。 野卑
4、自然のままの。  野生
5、はんい。  視野


「野に下る(やにくだる)」でも取り上げましたが、
民間という意味の「野」でした。


http://kotobahiroi.seesaa.net/article/95663361.html

つまり、
「政府」対「民間」の対比でした。


お金をバラ撒き与えるの「与」、
野次の卑しい「野」かと思っていました。 笑

    

    

以上です。

「与」には「仲間になる」という意味があるのですね。

さっそく「常用字解」(平凡社)で調べました。

解説にこう書いてありました。

    

会意。もとの字は與に作り、与と臼(注:下の横線も中央で切れている。活字がなかったのでこの字を使う)と廾とを組み合わせた漢字。

与はおそらく象牙二本を組み合わせた形。

臼と廾はともに左右の手を並べた形。

象牙のような貴重な物を四本の手で捧げて運ぶ形が與で、

共同で運ぶことから「ともにする、なかま」の意味となり、

運んで他に移すので「あたえる」の意味となる。(627p)

     

「与党」と同じように「仲間になる」の意味の熟語がないか調べました。

ありました。

「与国(よこく)」・・・味方の国

「党与(とうよ)」・・・一緒に何かをする仲間。徒党。

    

あまり使わない漢字熟語だなあ。


松原頭首工付近の写真/旧江島橋の写真

P8260058_2    

    

    

この写真は以前出しました。

http://mitikusa.justblog.jp/blog/2009/08/post-96a9.html

昭和42年頃の写真です。

松原頭首工があった場所らしいのですが、どう写っているのか謎でした。

地元の方が、この投稿にコメントをくれました。

向こう側が豊川(とよがわ)上流で、手前が下流。

道路が今の国道151号線。

151号線のすぐ下を豊川本流が流れ、この後左に大きく曲がります。

そこに堤防があって、頭首工もそこにあったらしいです。

(つまり、この写真には松原頭首工は写っていない)

堤防や頭首工に本流が直撃するので、大水で被害を受けたようです。

そのため松原頭首工からの取水をやめて、牟呂松原頭首工からの取水に移ったのでしょう。

本流は、工事によって両岸の堤防の中央あたりに流れるようにしました。

     

写真の上の方に橋がかかっています。

江島橋と呼ばれる橋です。

写真の橋は今はなく、新しい江島橋が少し上流にかかっています。

古い江島橋の写真を以前見せてもらい接写していました。

いい機会なので、ここに載せます。

資料置き場的なブログの使い方です。

P3180127    

    

    

ふだん見慣れたものでも、

取り壊されてしまえば、見たくても見られません。

それは時にはとても悔しいことです。

このような写真を撮り、保存されていた方に感謝です。

夏休みの自由研究「水の道」

ずっと娘と息子の自由研究の手伝いをしてきました。

今年中2の娘は自由研究はなし。残念。

小5の息子は星の自由研究をするとのこと。

ちょっと私には苦手な内容ですが、手伝っています。

あと30日、31日と2日間。がんばろっと。

    

教師にとって夏休みは充電ができる時。

学期中に比べて時間的な制約が緩いので、出歩いていろいろ見に行くことができる時です。

貴重な教材研究期間。特に社会科教師は出歩くべきだと思っています。

夏休みの自由研究をやっている気持ちです。

昨年の夏休みは、「マンホールの研究」でした。

今年の研究テーマは「水の道」かな。

8月21日以降書いてきたことがその内容です。

その他書ききれなかったこと、書くとさしさわりのあるものを含めて、

たくさんのことを知りました。

夏休みの始まる前と今では、「水の道」に関して知識が格段に増えました。

2学期の授業にどう活かせるか。

豊川海軍工廠の水道施設その3

(前投稿のつづき)

いよいよ戦時中に作られた千両(ちぎり)の配水池の上へ。

P8260038_2    

    

    

この草の下に、配水池があるそうです。

丈夫なコンクリートの箱なので、今も残っているそうです。

ただ草木におおわれているため、全く姿は見えません。

戦時中は、配水池は松林に隠されていて、

上空からもわからないようにされていたそうです。

海軍工廠にとっては水は大事なもの。

配水池が爆撃されれば死活問題。だから隠されていました。

この話を聞いて、戦争を感じました。平和な世の中では考えないことです。

マツクイムシの被害で松がほとんど残っていませんが、

今も木々に囲まれ、草もあって、配水池は隠されています。

    

「マムシがいるかもしれないけど、配水池の上を歩いてみるかい?」

案内人の人に言われました。もちろん歩き始めました。

こんな機会は滅多にないこと。マムシがなんだ・・・・・ドキドキ。

    

ところどころに白い筒がありました。

P8260030_2    

   

   

空気抜きだそうです。

筒の上から配水池をのぞいてみました。

P8260031    

    

   

底には水がありました。

配水池に今も水がありました。

     

P8260034    

    

    

戦時中に作られたハンドルなども残っていました。

ここは立派な遺跡だと感じました。

この遺跡はそんなに知られていないと思います。

豊川海軍工廠に関連するし、戦争時の考え方も伝える遺跡だと思います。

保存すべきものだと思いました。    

    

想像していた配水池は、今の円形貯水タンクのイメージでした。

グレー色のコンクリート製だと思っていました。

草木におおわれた直方体の配水池は想像外。

こういうのが面白い。同じ学年の若い先生とともにいい見学ができました。

2009年8月29日 (土)

豊川海軍工廠の水道施設その2

(前投稿のつづき)

8月26日。豊川市の千両(ちぎり)にある海軍工廠のために作られた配水池を見せてもらうことに。

千両は、昭和20年8月7日の海軍工廠爆撃での死者を仮埋葬をした場所。

埋められた場所がどこだったのかを以前調べて、

このブログに書いたことがありました。

※たとえばhttp://mitikusa.justblog.jp/blog/2009/03/post-72a1.html

海軍工廠に隣接した地区だけに、海軍工廠ゆかりのものがあるのだなと思います。

     

現役の水のタンク2つの傍らにそれはありました。

「これがそうだよ」

P8260044    

    

   

「????」

案内をしてくれた人にそう言われても、すぐにはわかりませんでした。

写真から、大きな直方体の構造物が見えてきませんか?

今は草木におおわれていますがいますが、コンクリート製の配水池があるのです。

深さ5メートルで2000トンの水を貯えられる配水池だったそうです。

昭和50年代までは使われていたそうです。

頼んだら、配水池の上を歩いてもいいことになりました。(つづく)

        

豊川海軍工廠の水道施設

夏休みに水のことを調べていたら、

以前から興味を持っていた豊川海軍工廠のことに関連した話が聞けました。

豊川市一宮浄水場で話を聞きました。

この浄水場は、海軍工廠に水を送った施設を引き継いだものだと聞いて驚きました。

戦時中に豊川海軍工廠が作られた時に、

水をどうするか考えました。

最も近い水量豊かな河川は、海軍工廠の東にある豊川(とよがわ)でした。

さっそく豊川に取水口を作り、そこからまっすぐ!西にむかって水道管を走らせました。

(いろいろな問題はあったと思いますが、戦時中、お国のためということか、

とにかくまっすぐです)

水道管は、海軍工廠の北にある千両(ちぎり)という場所までつなぎました。

千両に配水池をつくり、水はそこに貯められました。

千両は、海軍工廠より高い位置にあったので、

配水池から必要な水が提供されました。

      

豊川の取水口からち千両までの途中に作られた浄水場が、今の豊川市一宮浄水場です。

戦後、払い下げられました。

豊川の河床の下に取水口があるため、伏流水を取っています。

千両までの400mm径の水道管は、今でも戦時中のものを使っているそうです。

    

千両の配水池跡がまだあると聞いて、

ぜひ見せてほしいと頼んで見せてもらうことになりました。(つづく)

2009年8月28日 (金)

松原用水/関係写真

(つづき)松原用水土地改良区で古い写真を見せてもらいました。

接写させてもらった写真を載せます。

Photo     

    

    

松原用水への水を、豊川(とよがわ)から取水する今の牟呂松原頭首工の工事の写真。

それまでの頭首工が老朽化したため、

少し下流に作られました。

写真右手に写っているのが、老朽化した頭首工。

工事は平成3年~6年に行われました。

     

次の写真はまだ謎の写真。

松原用水は、その名の通り、かつては旧一宮町(現豊川市)の松原地区の豊川(とよがわ)から取水していました。

その頃の写真はありませんかと尋ねたところ、

この写真を見せてくれました。

P8260058       

    

    

昭和42年頃の写真。

松原頭首工の写真らしい。

この写真をどう見たらいいのだろう?

写真を見せてくれた方もよくわかりませんでした。

松原地区に長く住んでいる人にこの写真を見せて解明したい。

   

※8月30日にこの写真に関する投稿をしました。よかったら見てください。

http://mitikusa.justblog.jp/blog/2009/08/post-d100.html

    

P8260060    

    

   

写真の説明には「松原用水頭首工廃止まで使用していた樋門(ひもん)」とありました。

     

P8260061    

    

   

「松原用水樋門を開閉するハンドル」

このハンドルは、今、松原用水土地改良区の庭に移されていました。

P8260067    

    

    

     

P8260054    

    

    

「松原用水元松原事務所」

豊川下流は、洪水のたびに川筋が変わる川でした。

したがって松原用水の取水場所も変わってきました。

松原地区から取水したのは、明治2年~昭和42年でした。

この事務所がどこにあったのか?

やはり地元の年輩者に尋ねてみたい。

事務所の傍らにあった石碑も、土地改良区の庭に移されていました。

P8260069     

    

    

碑文は大正7年に刻まれたものでした。

松原用水の歴史が切々と書かれていました。

    

この夏休み、松原用水のことをだいぶ勉強できました。

     

※土地改良区でコピーをいただいた「松原用水430年のあゆみ」(平成10年発行)を参考にして、今日の文章を書きました。

2009年8月27日 (木)

松原用水/松原用水土地改良区へ

(前投稿のつづき)松原用水のことが続きます。

もし将来、「松原用水」のことを調べようと思った人が、

インターネットで調べた時に、このブログがヒットして、

調べる人のきっかけになってくれたらなと思います。

ブログにはそんな楽しみがあります。

     

昨日(8月26日)、校外に出て調査。同じ学年の先生と2人で。

松原用水を管理する「松原用水土地改良区」という施設に出向きました。

疑問に思っていたことを聞きました。

なぜパイプライン化したのか?

水の無駄が少ないこと。蒸発や地中への漏れもない。

各田んぼまでパイプラインで水が引かれている。

田んぼにはバルブがあって、ひねれば水は出てきます。

P5250036sonoappu    

※5月25日の自然観察の時の写真

    

   

パイプラインのパイプの大きさはかなり大きく、

上流から1650㎜、1350㎜、1000㎜と3種類の太さの管が使われています。

年間4980万トンの水が流れるわけです。(つづく)    

2009年8月26日 (水)

松原用水/パイプラインになっていた

(前投稿のつづき)

後日、水道・用水関係の人と話をする機会がありました。

松原用水に関する疑問を尋ねました。

      

松原用水がサイフォンで豊川(とよがわ)の下をくぐり抜けてどこに現れるか?

豊津分水工という所に出口があるそうです。

でもそこから水は出ていませんでした。

なぜ?

ここでビックリの事実を教えてもらいました。

何と今松原用水はパイプライン化されて、ずっと地中を流れているそうです。

え~そうなの。

では私が自転車で走って見てきたあの用水路は?

教えてもらいました。

あれは排水専門だったのです。

田んぼなどで使用済みの水が流れ込むところでした。

それで水量が少なく、臭かったんだ。

子どもたちは排水路で遊んでいたわけです。いかんかった!反省。

※以前、排水路(悪水路)について書きました。

http://mitikusa.justblog.jp/blog/2009/07/post-7296.html    

     

パイプラインの中を流れる水を分水工という施設で取水して、

田畑に水を行き渡らせていました。

P8060261     

※麻生田分水工     

    

松原用水がパイプライン化したのは、2005年のことだったようです。

地元新聞「東海日日新聞」のサイトに記事がありました。

http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&categoryid=1&id=7406

一部引用。

愛知県が20年の歳月と総事業費85億円を投じ建設してきた「松原用水」のパイプライン化(用排水分離)が完成し、

(2005年)2月8日午前10時から豊川市行明町地内、松原用水土地改良区事務所で完工式を挙げる。

      

    

地元に流れ、地元の田畑にとって重要な松原用水について

何も知らなかった自分を思い知らされて愕然。

夏休みにいい勉強ができました。

実はもう少し松原用水で知りたいことが残っています。

ちゃんと解決して2学期を迎えたいです。

松原用水/これが松原用水だったんだ

(前投稿のつづき)

松原用水の出発点がわかりません。

豊川の下をくぐり抜けた水はどこに現れるのでしょうか?

わからずまま、一度松原用水がどこを流れているか、

用水沿いを自転車で走ってみることにしました。

P8060259    

    

    

P8060266    

    

    

P8060272   

    

    

走ってみて驚きでした。

この用水はよく見ていたのです。

見ていたのに、それが「松原用水」だとは思っていませんでした。

これが松原用水だったんだ。

目の前にありながら見えず。

さらに、何と勤務校の近くにも流れていて、

子どもたちと自然観察に行った時には、

用水の中に入っていました。

P6290015    

    

    

6月29日の写真です。

これが松原用水でした。

川だと思っていました。

恥ずかしいことです。何も知りませんでした。

      

走ってみて、そしてこの自然観察の体験から疑問が生じました。

用水の水が少ないのです。

田んぼが今真っ盛りであるのに、

松原用水に流れる水があまりに少なく、そして臭い!

    

この疑問も、サイフォンの水が出てくる場所についても、

後日解決します。予想外のことでした。(つづき)

松原用水/サイフォンの出口が見つからない

(24日の投稿のつづき)久々に「松原用水」のこと。

牟呂松原頭首工から豊川の水を取水し、牟呂松原用水となります。

この用水がしばらくすると牟呂用水と松原用水に分かれます。

松原用水がどのように流れているか。

豊津分水工(旧一宮町・現豊川市)というところに地図がありました。

P8060257P8060258    

    

    

色あせた地図ですが、赤い部分が松原用水です。

上半分をアップにします。

P8060258a      

    

    

地図の北から南に黒白の線で表わされているのが牟呂松原用水。

それが2つに分岐。南に下っているのが牟呂用水。

そして西に向かって流れ始めたのが松原用水。

色あせていますが、よく見ると豊川の下をくぐり抜けているのがわかります。

(う~ん、ちょっとわかりにくいかな)

つまり松原用水は、豊川をサイフォンを使ってくぐり抜けているのです。

     

このサイフォンを見に行くことにしました。

8月6日。自転車で出かけました。

    

サイフォンがあるらしき場所の辺りを探しました。

見~つけた。

P8060250_4 P8060251     

   

     

   

サイフォン関係の施設です。

写真左手に豊川が流れています。(上流側に立っての写真)

上の地図に黄色でAとして表した場所です。

松原用水は左手の方から豊川の下に入り、右手に出てくるわけです。

     

サイフォン自体は完全に地中にあるようで、全く見ることができません。

次の関心は、豊川の下をくぐり抜けた松原用水はどこに現れるのかです。

    

堤防の上からの風景です。

P8060253sirusituki    

    

    

この風景を見ると、黄色の丸の部分で用水はサイフォンから流れ出し、

矢印の方向に流れると想像できました。

もちろん堤防から下りて観察。

丸印の場所はこうなっていました。

P8060256     

    

    

全く水が出ている気配なし。?????

どこだ、どこに出ているんだ?(つづく)

      

2009年8月25日 (火)

今年も秋味フライング発売

このブログを書き始めた2007年は8月22日。

2008年は8月27日。

そして今年は8月26日。

キリンのビール「秋味」の発売日です。

毎年この頃になると、ブログに「秋味」のことを書いていました。

http://mitikusa.justblog.jp/blog/2007/08/post_d41e.html

http://mitikusa.justblog.jp/blog/2008/08/post-eef5.html

そして今年も書き始めました。

今年が19年目。

数多ある新発売ビールが消えていく中で、

こうやって年数を重ねていくことができている「秋味」は幸せなビールだなと思います。

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今年も発売日前日の今日(25日)、

コンビニに行って「秋味」を探しました。

ありました、ありました。

今年もフライング販売。

おかげで今晩は1年ぶりの味を楽しめました。

夏休みは終わってしまうけど、

最後にこういう楽しみが毎年あるのがうれしいです。

中京大中京が優勝!

8月24日。高校野球の決勝戦。

地元愛知県の中京大中京と日本文理の試合は盛り上がりました。

9回裏2アウト、10対4リード。

子どもの頃から愛知県が優勝することを願ってきたけど、

今だ一度もありませんでした。(記憶にない)

いよいよ見れる。優勝の瞬間を見逃すまいと思って見ていました。

ところが・・・・・・

そのまま終わると思いきや、あれよあれよと5点が入って10対9。

ランナー1塁、3塁!

どうなっちゃうんだ。心の中では同点を覚悟していました。

打者が打った。

いい当たり!・・・・・次の瞬間、三塁手がライナーとキャッチしていました。

アウト。試合終了。終わった~。

見ていた人たちと拍手。愛知県人にとっては、思い出深い決勝戦となりました。

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今晩の10時から、愛知県では「プロフェッショナル 仕事の流儀」が後日放映になって、

特別番組があります。今から見ます。貴重な愛知県優勝を一緒に喜びたいです。

下が番組紹介。

  • おめでとう!!中京大中京優勝
  • 1回戦から決勝までの「中京大中京」の戦いぶりをVTRで振り返りつつ、地元に帰ってきた監督や選手たちの喜びの声をたっぷりとお届けします。
  • 第91全国高校野球選手権大会「決勝」は、「中京大中京」(愛知)が「日本文理」(新潟)を10-9で破り、1966年以来43年ぶり7度目の全国制覇を成し遂げました。番組では、1回戦から決勝までの「中京大中京」の戦いぶりをVTRで振り返りつつ、地元に帰ってきた監督や選手たちの喜びの声をたっぷりとお届けします。
  •     

    7月30日に目の前で見たチームが優勝したんだなあ。よかった、よかった。

    http://mitikusa.justblog.jp/blog/2009/07/post-2362.html     

    大光山登山

    8月の始めに北アルプスに行って、運動不足を痛感しました。

    肺活量が減って、粘りが出ませんでした。

    こんなんじゃいけないと、それ以後自転車に乗る機会を増やしました。

    そして8月23日に山登りに行きました。

    機能回復訓練(リハビリ)ですね。

          

    場所は静岡県山梨県境の安倍峠から大光山(おおぴっかりやま)への往復です。

    アップダウンのある尾根歩きで、いい汗を流しました。

    写真を掲載します。いろいろな景色に出会えました。

    たくさん載せちゃいます。

         

    P8230024    

       

        

    県境の道路にあったプレート。

    今日は山梨県にも足を踏み入れました。

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    富士山が目の前にで~んと姿を見せてくれました。

    思ったより大きかったです。

    南アルプスの一部に来ていることを実感しました。

    富士山の上には笠雲。

    天気が悪くなる前兆と言われますが、約5時間後に雨。

    P8230045_3 

          

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    立派なサルノコシカケ。

    P8230048_4      

         

         

      

               

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    ツルアジサイに覆われてしまった古木。

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    大光山の頂上。

    樹木に囲まれたささやかな頂上。

    秋の高気圧に覆われていたため、日陰は快適でした。

    P8230067_2      

          

          

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    以前はよく登った仲間と久々に登りました。

    2週間おきくらいに登っている人たち。

    それくらい登りたいなあ。      

         

    2009年8月24日 (月)

    失敗しても、失敗しても/発達障害のわが子とともに

    夏休みの研修の報告。

    8月19日。人権教育指導者研修会に参加。

    講演を聞きました。

    「NPO法人ゆう」の荻野ます美さんでした。

    テーマは「発達障害のわが子とともに」

    荻野さんの長男は3歳の時に「自閉症」と診断され、

    5歳で「最重要度の知的障害をともなう自閉症」と判定を受けました。

    現在養護学校中学部2年生。発語なし、言語理解なし。

    その子とどのように接しているかが話の中心でした。

        

    わが子が何かできないと、

    かつては「なぜできないの!」と感情的になっていたようです。

    しかし荻野さんはくじけません。

    ねばって、いろいろな方法を試していきます。

    この方法がだめなら、次はこれ。

    「なぜできないのか!」が「どう工夫したら、できるのか?」に変わってきたそうです。

    これは教師にとって大事な発想。

    それを実践されている荻野さんに驚き。

          

    「自閉症」が周囲から理解されていないと考え、

    荻野さんは運動会で簡単なチラシを配布したことにはじまり、

    地域行事・子供会・地域の小学校との交流などに家族で参加。

    しかし、これらの活動は子どものためになっていないと気がつきます。

    息子さんはちっとも楽しいと思わず、引っ張られ、かつがれての活動でした。

    親のエゴだったと今は反省しているそうです。

    荻野さんはこう言いました。

    「ノーマライゼイションには、『目的』と『方法』がなければダメ!」

        

    恥ずかしながら「ノーマライゼイション」の意味が不明。調べました。

    障害者と健常者とは、お互いが特別に区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿であるとする考え方。

         

    息子を参加させ、周囲の自閉症への理解を深めるためには、

    息子も楽しめるものを設定させなければならない。その部分は「方法」ということです。

    例年音楽会が行事として開催されていましたが、

    川での魚つかみに変更して、息子を参加させたとのこと。

    すごい活動力。

         

    何度も書きますが、失敗をたくさん積み重ねて、

    いい方法を見つけていく荻野さんの態度がいい勉強になりました。

       

    荻野さんのブログはここ。http://koumama.seesaa.net/

    8月19日の講演のことを書かれているのはここ。http://koumama.seesaa.net/article/126044551.html

    結局何も知らなかった松原用水

    (前投稿のつづき)

    ※東三河・・・・正確に言うと、東三河南部に水を行き渡らせている豊川用水事業について最近はずっと書いています。

    他地域の人にはあまり関心のないことでしょう。

    ご勘弁を。

    豊川用水事業関係のことをここにしっかり書き留めておきたいと思っています。

    自分のため、いずれは人のためになる資料として。

         

    牟呂松原頭首工から分水された水から、いずれ松原用水が流れ出します。

    松原用水の位置は、

    再び「いいのんとよがわ」http://www.pref.aichi.jp/tochimizu/mizu/toyogawa/outline.htmlのこの地図を参考にしてください。

    Outline

        

       

       

    松原用水。時々耳にする用水の名前です。

    夏休みに松原用水について少し調べてみて、気がつきました。

    夏休みに入る前まで、この松原用水について私は結局ほとんど知らなかったんだなと。

    知ったかぶりはしていませんでしたが、

    きっとこんなんだろうと漠然と頭にあるだけでした。

        

    松原用水とは?概略を書いてみます。

    松原用水は1567年に作られた県内で最も古い農業かんがい用水路。

    豊川の右岸の取水堰から水を取り入れ、

    現在の豊橋市、豊川市、小坂井町の水田を潤していました。

    旧一宮町(現豊川市)の松原に取水堰があったことから、

    松原用水と呼ばれます。

    この取水堰は、豊川の洪水でたびたび壊れ、修理が繰り返されました。

    昭和43年牟呂松原頭首工が作られ、

    もう一つの牟呂用水とともにこの頭首工から水が取水されるようになりました。

    牟呂松原用水として豊川左岸をまず流れます。

    松原用水はしばらくして、牟呂用水と分かれ、

    豊川の下をサイフォンでくぐりぬけて、豊川右岸に移り、

    昔からの地域を今も潤しています。

       

    ※参考「豊川用水ホームページ」http://www.water.go.jp/chubu/toyokawa/ayumi/04.html

         

    これくらいのことは頭にはありましたが、

    松原用水は奥が深かった。(つづく)     

          

    2009年8月22日 (土)

    映画に写っていた牟呂松原頭首工

    (つづき)※資料置き場的なブログです。

    豊川(とよがわ)から、大野頭首工の次に分水されるのは牟呂松原頭首工です。

        

    今日から上映される映画「ちゃんと伝える」は、

    東三河各地をロケ地として撮影された映画です。

    パンフレットに載っていた次の写真に注目。

    090715_chanto_sub1_2     

         

       

        

       

    まだこの映画を見に行っていないので、

    どのようなシーンかは不明です。

    写真の左奥にある建造物がわかりますか。

    これが牟呂松原頭首工です。

          

    8月17日に見てきました。

    P8170037tousyukou    

         

          

    P8170038_2      

         

        

         

       

    豊川は写真のようにせき止められ、

    下の木々の乗っかった水門から分水されます。

    牟呂松原用水になります。下の写真。

    P8170041     

        

         

    P8170042      

         

        

    この用水路は、いずれ松原用水、牟呂用水に分かれます。

    気になったのは松原用水。(つづく)

          

          

    牟呂松原頭首工の方に、映画のことを聞いてみました。

    昨年、ロケ地として使っていいか映画関係者が聞きに来たとのこと。

    やっぱりね。

    大野頭首工~東西分水工~2つの幹線水路

    (前投稿のつづき)※資料置き場的なブログです。

    いいのんとよがわ」というサイトには、

    東三河南部の豊川用水事業のことがわかりやすく書いてあります。

    豊川(とよがわ)の水を、水不足の地域に行き渡らせようという事業です。

    http://www.pref.aichi.jp/tochimizu/mizu/toyogawa/outline.html

    そこにあった地図。

    Outline    

        

        

        

    豊川の水は、大野頭首工から分水され、

    さらに東西分水工で2本の用水路に分けられます。

    西部幹線水路蒲郡方面へ。

    東部幹線水路渥美半島の先まで行きます。

    蒲郡も渥美半島も、川が少なく、昔から水不足に悩まされてきた地域です。

    用水路の水は、これらの地域の生活を大きく変えました。

        

    東西分水工が見たくなりました。

    地図で調べて、この辺りだと目星をつけて迫りました。

    幹線道路から少し外れたところにありました。

       

    P8170028     

        

        

    大野頭首工から分水された水は、地下の導水路を流れて、ここで顔を出します。

    (左奥が開口部)

    そして2つに分かれます。

          

    西部幹線水路         

    P8170032P8170036    

         

          

        

    東部幹線水路         

    P8170034P8170035       

         

          

        

    水はこうやって、分かれを繰り返して行き渡っていきます。

    次は牟呂松原頭首工。(つづく)   

    天気に恵まれた宇連ダム

    (前投稿のつづき)※資料置き場的なブログの使い方です。

    8月17日は10月に行く予定の社会見学の下見に行きました。

    東三河の水がめの一つ宇連ダムを見てきました。

    P8170013     

        

        

    大島ダムと同じように取水塔の建物が大きいのが特徴だと思います。

    竣工(工事が終了すること)が1958年ですから、

    もう半世紀も働いてきたベテランです。

         

    ゲートで水量を調節をして、ダム上部から放流ができます。

    放流口は3門です。

    ゲートを撮ってみましたが、よくわかりませんね。

    P8170025_2     

        

        

    ゲートの一番下の部分はゴムがついていて、

    ゲートを閉めた時には水は通過しません。

    このゲートに枯れ枝や根がはさまってほしくないこともあって、

    網場(あば)が湖に設置されています。

    P8170015 P8170027

        

        

       

    この日は好天に恵まれ、美しい風景が見られました。

    山深く、静かでいい所でした。

    ここに貯められた水が、私たちの生活用水などになっていくわけです。

    育ちのいい水だなと思いました。

          

    P8170023_2    

        

        

    ダムの天端(てんぱ)から、下流部を撮ったもの。

    ふだんは取水口から取った水が、

    写真の建物から放流されています。

         

    大島ダム、宇連ダムに貯められた水は、豊川(とよがわ)に流れ込みます。

    その後どうなるか?(つづく)   

    大島ダム放流中

    (前投稿からのつづき)※ブログの資料置き場的な内容です。

    愛知東三河の水がめの一つ大島ダム。

    自由流越式洪水吐」という方式であるため、

    満水時にはダムの上部5か所から自動的に放流します。

    4月の終わりに見に行った時も満水だったので、放流していました。

     

    P4290048_3     

        

        

        

        

    P4290047     

        

        

       

    ダムの上の歩ける場所のことを天端(てんぱ)と言うそうです。

    その天端から下を撮影しました。

    P4290044     

        

        

    右の赤っぽい屋根の建物の向こうに、

    取水塔から取った水が流れ出す利水放流管があります。

    (この写真では見えません)

         

    せき止めてできた湖の名前は「朝霧湖」です。

    P4290046    

        

        

    流木やゴミが取水口にこないように、浮のついた網が張られています。

    この網のことを「網場」と書いて「あば」と言うそうです。

          

    今も朝霧湖は満水なので、ダム上部からの放水が見られるそうです。

    このブログを読んでくれている子どもたちで、

    見に行きたいと思った人、家の人に頼んでみてはどうでしょう。   

         

    2009年8月21日 (金)

    東三河の水がめ/2つのダム

    8月19日。研修会に参加。

    豊橋市の県の事務所に出向きました。

    入口にあった「本日の水源状況」に注目。

    P8190008    

        

        

    今年は雨が多かったので、

    どちらの水源も水が多くあります。

    豊橋市を含む東三河は、宇連ダムと大島ダムが水がめです

    (ともに豊橋から自動車で約1時間30分上流にあります)

    住民にとって、その水がめに水がどれほどあるかは、

    渇水時には大きな関心事です。

    こうやって県の事務所に掲示板が設置されたり、

    地元新聞にも毎日掲載されています。

        

    4月に家族で大島ダムを見に行きました。

    P4290041    

        

        

    これは上流からの写真。

    ダム上にある大きな建物は、取水塔です。

    この下から水を取水して、ダムの向こう側の利水放流管から放流しています。

    次の投稿も大島ダム。(つづく)

       

    2009年8月20日 (木)

    身近な篆書体(てんしょたい)

    縣糞泥さんから篆書体のことを教えてもらいました。

    その篆書体が身近にないか調べました。

    お札です。

    赤く丸い印「総裁之印」が篆書体でした。

    パスポートの「日本国旅券」も篆書体。

    お店の看板で篆書体のものがあるようです。探してみたいです。

            

    楽しいものがあります。

    篆書体フォントに変換できるソフトです。

    気軽にうてたら楽しいだろうな。

    このサイトで、この字を篆書体にしたらどうなるか試すことができます。

    http://font.multi-bits.com/ds/jsp/fontsearch.jsp

    試しに「道草」とかうってみました。

    なかなか洒落た文字になります。

        

    デザインとして篆書体をもっと使ってもいいなと思い始めました。

    2009年8月19日 (水)

    篆刻家さんのお話その2

    (つづき)

    白川静さんは、古代文字を読み解いて、今の漢字の成り立ちをつきとめました。

    縣糞泥さんは、白川静さんのやられたことを高く評価していました。

    それでは前投稿に引き続き、勉強になったことを箇条書きで書きます。

        

    ○洞窟芸術

     洞窟の岩壁にそのまま描いたのは、正確に言うと「岩面画」

     岩壁を削って平にして、そこに描いたのは「壁画」

     色は岩を砕いて粉末にした顔料を使う。※岩絵具。

     日本画家が貧乏なのは、岩絵具が非常に高価なものだったからだそうです。

    ○白川静さん

     白川静さんの本は読むべきです。

     安い本もあるけど、高い本が多い。しかし、本の中に入っているものを考えると安い。

    ○天

     天国を表してはいなかった。東洋の発想にもともと天国、地獄はない。東洋の発想は「輪廻」

    ○畑

     日本で作られた国字。

    ○男

     「力」の部分は鋤を表す。田んぼを鋤で管理する人・・・それは「男」ということで、この字が男を表す。

    ○明

     「日」は窓を表す。窓に月(明かり)で、「明るい」となる。太陽と月ではない。

    ○教

     左は校舎にいる子どもを表し、右は鞭(むち)打つ手を表す。鞭打ちながら励まして教えたようだ。

     ※鞭撻(べんたつ)も同じだ・・・鞭(むち)、撻(むちうって励ます)

    ○射

     左は弓矢。右は手を表す。

    ○争

     1本の棒状のものを上下から手をのばして引き合う形から生まれた字。

     しかし、「静」の「争」は違う。※鋤(力)を手でもった形から生まれた字。

         

    ○東西南北

     東・・・青龍、青、青春       

     西・・・白虎、白、白秋

     南・・・朱雀、朱、朱夏

     北・・・玄武、黒、玄冬

     中央は何色と発問。中央は黄色でした。

         

         

    「今日の内容、また夢中になっちゃうでしょ」と知り合いの先生に言われました。

    確かに漢字の成り立ちは以前から興味を持っていたこと。

    この日で新しく「篆書体」に興味を持ち、サイトでいろいろ調べました。(つづく)

    篆刻家さんのお話

    昨日(8月18日)は研修会。

    国語に参加。

    講師の話を3時間近く聞きましたが、良かった。

    講師は縣糞泥(あがた ふんでい)さん。

    テーマは「古代文字の基礎と活用」

    縣さんは印鑑屋さんであり、篆刻(てんこく)家

    篆刻とは?辞典には「石・木などの印材に字を刻すること。書画などに用いる印章に、多く篆書体の文字を刻するのでいう。」と書いてありました。

    私は全く知らなかった人ですが、篆刻の世界では有名な人のようです。

    文字の話をたくさんしてくれました。

    勉強したことを箇条書きで書き並べます。

        

    ○甲骨文字

     「甲」は亀の腹甲(ふくこう)、骨は牛の肩甲骨(けんこうこつ)。

     1899年に「竜骨」と呼ばれていた薬に

     文字が書かれているのを見つけたことから発見される。

    ○金文(きんぶん)

     青銅器に刻まれた文字。

    ○小篆(しょうてん)

     秦の始皇帝が文字の統一を行った。その時に生まれたのが小篆。

     美しくのびやかな文字が生まれた。篆書体。

     小篆を作る時に元になった秦以前の文字を大篆(だいてん)という。

     小篆は刻まれもした(篆刻)。当初、篆刻で使われた石は「花乳石」

        

    ※篆書体は、しだいに隷書体や楷書体を生み出していくことになるようです。

    ※印鑑屋のサイトが、このような書体に詳しく、この投稿にあたって参考にしました。

     たとえば次のサイト。書体の説明、文字の形などわかります。

    http://www.rakuten.ne.jp/gold/hankodehanko/about_font.html

    次の投稿につづく。

        

    2009年8月17日 (月)

    高崎市のマンホールの写真

    夏休みに自分で撮ったマンホール。

    高崎市で。

    P8080011    

        

       

    8月の高崎祭りをデザインしたもののようです。

    2年前に出向いた時は、ちょうど高崎祭りの日で、とても賑やかでした。

        P8080018               

        

        

    昔の消火栓の絵がデザインされたもの。

    こういう消火栓を、「砲弾型消火栓」と言うらしい。

    近所に実物はありますか?

        

    もう一つ。

    P8080016   

        

        

    中央のマークは不明。調べたけどわかりませんでした。

        

    2学期の社会科は水の勉強をしっかりやります。

    マンホールの写真が生きる(はず)。

                 

    上田市散歩/ヒマラヤスギ/マンホール

    (つづき)

    上田市営球場の近くには、ヒマラヤスギがたくさんありました。

    そしてその木々には立派な実がついていました。

    P8100084_2    

        

        

    名前の通り、ヒマラヤからアフガニスタン地域原産の樹木です。

    名前とは違って、スギではなくマツの仲間だそうです。

    したがって、実は秋になるとマツボックリ状態になるそうです。

         

    上田城址付近で見かけたマンホール。

    P8100086

       

        

        

    真田氏ゆかりの六文銭に、

    市の花ツツジをデザインしたものと思います。

        

    平成18年に上田市に合併した旧真田町で見かけたマンホール。

    P8090040    

        

       

    もちろん、真田十勇士をデザインしたもの。

    楽しい気持ちにさせてくれるマンホールです。    

    上田市散歩/映画のロケ地

    (つづき)

    上田城址のすぐ横に球場があります。

    上田市営球場(上田城跡公園野球場)。

    ここが映画「博士の愛した数式」(2006年)ロケ地だと聞いて訪れたくなりました。

    博士と杏子さんがルートくんの野球の試合を見に行った場面を思い出しました。

    その現場。

    しかし、入口は閉ざされ、中を見ることはできませんでした。

    P8100080_3 P8100085

       

       

       

    上田市は他にも映画のロケ地となっているようです。

    上田市営球場は、神山征二郎監督の「ラストゲーム 最後の早慶戦」(2008年)でもロケ地になりました。

    神山監督は他にも上田市をロケ地に、

    「ひめゆりの塔」「三たびの海戦」「宮沢賢治 その愛」を撮影しているそうです。

    山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」、崔洋一監督「血と骨」も。

    すごいすごい。

    なんと信州上田フィルムコミッションのサイトには、

    近年の上田市をロケ地にした映画がずらっと紹介されていました。

    http://www.ueda-cb.gr.jp/fc/loca.htm

    このサイトを見ると、市が積極的にロケ地として利用してほしいと声を上げていました。

    http://www.ueda-cb.gr.jp/fc/sien.htm

    少々引用。 

    上田市では、1923年(大正12)から

    五所平之助、小津安二郎、黒澤明、今村昌平、大林宣彦、山田洋次、篠田正浩監督など

    多くの映像製作者が上田を舞台にした名作を残し、

    今でも、市内には数々のロケ地が点在しています。

    はじめは、民間で映画に関心のある人たちが自主的に支援活動していましたが、

    ロケが増えるに従い地域の人々が注目し、

    積極的にロケ協力をするようになりました。

    また、上田市では、1997年から毎年、行政と民間が協力して「うえだ城下町映画祭」を開催し、

    上田ロケ映画と日本の名作映画を上映しています。

    このような映画に関わる活動が弾みとなって、

    2001年6月に信州上田フィルムコミッションを設立いたしました。

    上田ロケ作品は、小津監督のトーキー第一作「一人息子」

    黒澤監督のデビュー作「姿三四郎」など、

    現在までに劇場公開映画だけで150余本が確認できました。

    こうしたロケ実績が、現在のフィルムコミッション活動につながっています。

    支援対象は、劇場公開映画・自主制作映画・テレビドラマ・テレビドキュメンタリー・プロモーションビデオ・コマーシャル・写真集・雑誌グラビア等ですが、

    この他でも創作に関する映像製作全般を支援しています。

    上田市は、そういう街だったんですね。

    実際に行ってみてわかりました。

        

    昼ご飯に寄った蕎麦屋さんに、こんなポスターがありました。

    何と舞台が信州上田そのもの。

    P8100090    

        

        

        

    映画「サマーウォーズ」(2009年)Kazuma1 でした。

       

        

    (つづく)    

    2009年8月16日 (日)

    上田市散歩/上田城址

    8月10日。

    この日の朝は長野県上田市の菅平高原にいました。

    目的は家族で根子岳・四阿山(あずまやさん)に登るためでした。

    しかし、朝から雨。無理をせず、登ることをあきらめました。

        

    その代りに出向いたのが上田城址。

    昨晩のドラマ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」で、

    歴女(れきじょ)というのが紹介されていました。

    歴史好きの女の人を言うようですが、

    彼女らに人気が高いのが真田幸村。

    上田城址は歴女のあこがれの場所の一つだろうな。

    真田幸隆ー昌幸ー幸村三代の話はやはり面白い。

    NHK大河ドラマ「風林火山」で、佐々木蔵之介さんが幸隆を演じ、

    どんな人だったのかよくわかりました。

    今の大河ドラマでは昌幸、幸村が登場。楽しみです。

    城址に行って、さらに幸村の息子大助も注目したいと思いました。

    昔見た人形劇「真田十勇士」も記憶に残っています。

    これを機会に、「真田太平記」「真田十勇士」を読んで、歴史空間に浸りたい。

    下は真田城址の写真。

    P8100058 P8100077_2

        

         

        

    P8100075_2 P8100076

        

        

        

    上田市のことはこれで終わらない。(つづく)

       

    ※上田市と真田家のこと、次のサイトは参考になります。

    「信州上田 真田ロマン」http://museum.umic.ueda.nagano.jp/sanada/

         

          

    2009年8月15日 (土)

    素朴な盆踊り

    8月14日は母親の命日。

    娘はよく覚えていて、午前11時27分が亡くなった時刻。

    仏壇の前で家族で黙祷。

        

    母親が亡くなった時に、縁があった新任の町のお寺の檀家になりました。

    今住んでいるところから1時間30分離れたお寺です。

    愛知県の山間部にあるそのお寺で、

    昨晩は盆踊りがありました。

    午後7時から、お寺の本堂で法要。お経を読んでいただきました。

    盆踊りの前に法要があるのは初めての体験。

    和尚さんが盆のいわれを話してくれました。

    お釈迦さまの弟子の木蓮が、

    死の世界で苦しんでいるお母さんを救おうとしたことから始まった行事。

    そして盆踊りは、現世に来た仏様に喜んでもらおうとして行うものとのこと。

    法要によって、現世に迎えられた仏様たちの目の前で盆踊り。

    正しい手順の盆踊りを初めて体験しました。

    P8140001     

        

        

    田舎の盆踊り。

    人数はそれほど多くはありませんが、

    みんなで一緒に歌いながら踊るのが素朴でとてもいいなと思いました。

    私は、盆踊りの音楽がバックに流れている盆踊りしか知りませんでした。

    デジカメの動画で撮ってみました。

    田舎の盆踊り

              

    いつもとは違う盆を過ごしています。

    2009年8月14日 (金)

    高崎市散歩/ぐるりん

    (つづき)

    高崎市役所前で雨が止むのを待っていたら、小さなバスがやってきました。

    これは、噂に聞く「ぐるりん」だ。

    市内を巡回し、どこまで乗っても200円。

    これはいい、いずれは高崎駅に行くだろうと甘く考えて乗り込みました。

          

    小林山線でした。

    次のサイトを調べるとなかなかの大まわりでした。

    http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/koutsu/koukyou/zikoku/rosensyo4.htm

    しかし、「包帯クラブ」のロケ地になった国立病院や、

    橋柱にダルマの乗った鼻高橋も見ることができました。

    ※「包帯クラブ」のロケ地を巡っている人のブログがあることに気がつきました。

    http://hiroba.gnavi.co.jp/usr/mone00/trip/detailTrip/12524

    ここで「鼻高橋」の写真も見られます。

         

    街路樹にカリンが植えられている通りがありました。

    P8080037     

           

          

    日本では珍しいようですが、東南アジアでは街路樹でよく使われるそうです。

    食べ物になる実がつく木を植えてあるのがいいです。

    街路樹が植えられるようになった目的は、

    夏に日陰をつくって熱を避けるためと、その実で空腹をしのぐためだったそうです。

    「クイズ雑学王」(幻冬舎)によると、

    昔は食料が乏しく、旅の道すがら食事のできる店も多くありませんでした。

    そこで旅人の空腹を満たすため、

    果物など実のなる木を植えたのです。(100p)

    ふむふむ。

    今はギンナンの実がつくイチョウの雌株は街路樹として嫌われている時代。

    空腹を満たす目的は消えました。

    実を勝手にもいでいたら、注意されてしまいます。

        

    いずれ駅に着くだろうとゆったり乗っていたぐるりん。

    P8080039_2    

    ぐるりんの車内

          

    なかなか駅に着く気配がない。

    高崎駅午後7時01分発の新幹線に乗る予定が危なくなってきました。

    それに乗らないと、家にたどり着けない。

    運転手に尋ねました。

    いつ駅に着きますか?

    午後7時05分。

    ヤバイ。

    結局途中下車して、タクシーで駅へ。高くつきました。

    雨はすっかりやんでいました。

    ぐるりんに乗ったことが正解だったかどうか、ちょっと判断に迷いましたが、

    まあいいかと思って、高崎市を後にしました。

         

    また「包帯クラブ」が見たくなりました。

    Story01映画「包帯クラブ」より      

    高崎市散歩/高崎市役所

    8月8日。

    道徳教育フォーラムに参加したあと約2時間、高崎市を散歩しました。

    映画「包帯クラブ」のロケ地になった高崎市。

    高崎市役所屋上に包帯をつけてなびかせたシーンは印象的でした。

    Loca01      

    映画「包帯クラブ」より。

         

    高崎市役所に行こうと決めました。できたら屋上へ。

    あいにくの雨。傘がない。急ぎ足で出向きました。

    P8080024       

           

            

            

         

    だいぶ濡れましたが、どしゃ降りになる前に市役所に入ることができました。

    さっそく21階の展望台へ。ここもロケ地。

    そこからの景色。

    P8080028 P8080030

       

       

       

    上がれるものなら屋上へと思いましたが、

    可能性がなかったのでやめました。

    仕方ないと思って帰ることにしましたが、

    雨はますますひどくなり、近くに見える高崎駅が遠くに感じられました。 (つづく)

    道徳教育フォーラムその3/そもそも、何でやるのか

    (つづき)

    山田雅彦日本標準社長。

    ・教師に対して・・・

    「保護者なんて、一発で俺の味方にしてみせる」と豪語する人が減った。

    ※この一言が印象的。保護者は味方にすべき。子どものために手を組めば強力。

    ※保護者を味方にする発想は大事。そのためには日ごろの実践が、ちゃんとした思想の下、子どものためになっていなくてはならない。

          

    模擬授業

    ・授業に対する講評より。

    最近は小出しの授業が多い。本当にいいのか検討すべきでは。子どもたちの不安をあおっていてよいと思わない。(内海俊行先生)

     小出しの授業=大事なフレーズをいっきに明示せず穴埋めにして問う。あるいは数字を示して、何を表しているか想像させるなど。

        

    深澤久先生

    ・自分の解をもとう。自分の頭で考えろということ。

    ・たとえば掃除。なぜ学校で掃除をするのか追究。

     ①掃除方法を教える。 

     ②なまけ心を捨て去るため。

    ・そのためにいろいろな方法を行う。他の班に掃除チェックさせる。マルそ鉢巻き。

    ・やる気を出させてから、掃除方法を教えなければ身につかない。

    ・「そもそも論」・・・何でやるのか、考える。当たり前のことを疑う。

    ・自己鍛練法。ビデオを使った授業の振り返り。

    ・最後の一人までやらせること。今年いろいろやって反省。来年度に活きる。

    ・「こいつには無理だ」と言ったら、教師の負け。教師は絶対負けてはいけない。

    ・野心。教師だったら野心を持て。期限を決めて教師の腕を上げる。3年間。具体的な姿を決める。

    ・できるなら教育界に役立つことをする。

    ・深澤先生のこれからの課題。音読・朗読。

         

    佐藤幸司先生。

    ・道徳の時間をついついカットしてしまうのは、教師も授業の手ごたえがないから。

    ・道徳の時間は自分の経験(自分の人生)を話せる時間。

    ・道徳の落ちこぼれを作ってはいけない。(野口芳宏先生)

    ・授業で、ゆっくり発問すると、つぶやきはなく挙手発言になる。テンポよく聞くと、つぶやきが出る。使い分ける。

    ・ぼくらは みんな 生きている

     生きているから 歌うんだ

     ぼくらは みんな 生きている

     生きているから (            )

    ・(    )内に何が入るか。       正解:かなしいんだ

     この詩はやなせたかしさんの作ったもの。なぜ「かなしいんだ」が入るか。やなせさんがまだ売れない時につくったもの。※次のブログが参考になりました。http://narita-h.at.webry.info/200811/article_1.html

    ・上記のブログから引用。

    「手のひらを太陽に」という歌がありますが、

    やなせたかしさんの作詞で私の大好きな歌です。

    その中の歌詞に「ぼくらはみんな生きている/生きているからかなしいんだ」というフレーズがあります。

    この歌詞を書いた当時、漫画が売れなくて徹夜をしていた冬の夜に、

    寒かったからランプの電球に手をかざしてみたそうです。

    そうしたら、手が赤く見えたそうです。

    血管を流れる血の色がびっくりするほど紅く映し出されて、

    その時に「手のひらを太陽にすかしてみれば」のフレーズが浮かんだそうです。

    人生は、痛い、苦しい、辛い、悲しいそんな感情が生まれるのは、

    自分は確かに生きているからで、死んでしまったらそんな感情は感じることすらできないと悟って、

    自分を奮い立たせようとしたといいます。

    まずはどうしても悲しいんだが先だと思ったと言います。

    二番の歌詞になって「生きているからうれしいんだ」が出てきます。

    その当時のやなせたかしさんの心情としては、

    悲しいが先で次に嬉しいが来るの気持ちだっといいます。

           

           

    以上が道徳教育フォーラムに参加して勉強したことのまとめ。

    行動を起こすきっかけをたくさんもらいました。

    子どもたちが好きな「けんちゃこ」の作者であることもわかった横山験也先生の本を読むきっかけになったのは特に大きい。

        

    道徳教育フォーラムその2/明治人の作法

    (つづき)

    鈴木健二先生。※5月に話が聞けて、早くもまた聴く機会が来ました!

    ・「1600匹」という数字を掲げてスタートする模擬授業。

    ・この数字は宮崎県で昨年度1年間に飼い主から持ち込まれた犬の数。飼うことができないから。

    ・飼うことができない理由。

     A.子犬が増え過ぎてしまったから。B.引っ越しで飼えなくなった。C.犬が猟犬として年をとったので。

    ・上記の理由のうちで、「納得する理由はありますか」と発問。納得しない場合も理由を書く。その後発表。

    ・「飼い主に必要な10の条件」の明示。http://www.jspca.or.jp/hp/kaumae.html

     1)家族全員が動物好きであること

     2)世話をする時間と体力があること

     3)ペットを飼える住宅に住んでいること

     4)動物アレルギーがないこと

     5)引っ越しや転勤の予定がないこと

     6)毎日の世話を10年以上継続できること

     7)経済的な負担も考えておくこと

     8)しつけと周囲への配慮ができること

     9)高齢になった動物の介護をする心構えがあること

     10)飼えなくなってしまった場合の受け皿を考えておくこと

    ・「厳しすぎるかどうか」発問。

    ・この授業は、新聞記事2つから作った授業。教師は良い素材に気づく感性が大事。

     出来事、新聞、本、雑誌、ポスター、パンフレットなど。

    ・教師が本気じゃないと見えてこない。

    ・「半径3メートルの中にクリエイティブはいくらでも転がっている」(藤巻幸夫)

         

    桃崎剛寿先生

    ・タクシードライバー今井泉さんの話。お客さんに「四つ葉のクローバー」を配り続けている。

    ・今井さんの本。「幸せを運ぶタクシー」(ダイヤモンド社/2009年4月発行)

    ・佐藤可士和さんの整理方法。「佐藤可士和の超整理術」(日本経済新聞出版社)

           

    横山験也先生。※名前は何度となく聞いた方。面白い人でした。頭のいい人です。

     挙手の仕方。

     これから学問を究めんとする子どもたちは、しっかり挙げるべき。

     しかし、大人は・・・?年に合わせて挙げ方を考えた方がいいのでは。

     明治時代の学校の挙手は、ひじから上を挙げていたとのこと。

    ・調べたところ、7月に下記の本が出版されていました。この本に挙手のことも書いてある可能性あり。注文してみよう。

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    ・横山先生。1954年生まれ。千葉県で24年間教師をやって独立。

     サイト「験也堂」http://www.kennya.jp/index.html

         

    ・今回高崎市に行った最大の収穫は、横山先生の話が聴けたことですね。(つづく)

     

    道徳教育フォーラムその1/横糸を紡ぐ

    8月8日。

    2年ぶりに高崎市に行って、

    第20回道徳教育フォーラムに参加しました。

    そこで勉強したことを、箇条書きで書き並べてみたいと思います。

        

    土作彰先生。あらゆる場面で子どもの「横糸」を紡ぐ。

     「友達のおかげで賢くなれた」「友達に貢献できた」と思わせる。

    ・なぜその実践をするのか裏付ける思想(哲学)が必要。

    ・「どうぞ/ありがとう」を配りのときだけやらせていないか?どの場面でも。

    ・「どうぞ/ありがとう」・・・学校を出てから良い人間関係を作って幸せになってほしい。

     その願いからの実践。

    ・掃除。子どもたちが自分を磨く場と考える。「掃除は恰好いいものだ」と伝える。掃除免許法。

    ・「こうやって生きていくことが大事なんだ」と教師が伝える。

    ・友だちが勇気を持って発言しているのに、そっちを見ないのはおかしいぞ。

    ・学校は「自分を磨く場」そして「思いやりを育てる場」

    ・イギリスの旗の秘密。(3国の旗の合体)・・・・

    Fgb

        

         

       

     スコットランドとアイルランドが平等だと示すために、

     斜めの白と赤がずれている。カウンターチェンジ。国旗の授業で是非。

     こういうネタを一日一つはやる。そうすると、この先生の話は聞いた方がいいと思うようになる。   

    ※こうやって書き並べてみて、土作先生からたくさんのことを学んだと思いました。

         

    内海俊行先生。写真を見て気のついたことを問われた。歩道の写真。

     →歩道に街路樹があって狭くなっている。これでは車いすの人たちは歩道を通ることは不可能。

     上記のような視点が子どもたちにはない。車いすの人たちの視点は教師が教えなければならない。

    ・目の不自由な人のために、テレビ番組に副音声をつける実践。誰かやってみてほしい。

     相当、目の不自由な人を意識しないとできない。

    ※福祉のことを頑張ってきた先生とのこと。なるほど。

         

    (つづく)    

         

    2009年8月13日 (木)

    8月13日 盆の入り

    8月13日は「盆の入り」

    今まではこの日をあまり意識していませんでした。

    しかし今年は初盆(新盆)。

    お墓参り、仏壇の周りの準備(馬や牛の準備など)、迎え火。

    初めて我が家でこれらのことをして、

    「盆の入り」を体で感じました。

       

    今度新しく作った我が家のお墓には、

    私の名前が刻まれています。

    墓を建てた者としてです。

    本当は父親の名前が刻まれるべきだと考えましたが、

    「お前の名前にしろ」と父親に言われてそうしました。

       

    百年も経ったら、私の子孫は刻まれた名前を見て何と思うだろう。

    過去の人になっているだろう。

    そういうものだと思います。

    祖先から受けついで今の自分がいて、

    そして子孫につながっていきます。

    今の主役は生きている者。

    精一杯生きていきたいと墓参りに行って思いました。

        

    明日はお世話になっているお寺に行って盆踊り。

         

    塩ミルキー発見

    登山などでしっかり汗をかいた時に、

    本当に食べたいのは甘いものより、少々塩分のあるものです。

    前回の登山でも塩分のあるお菓子を買って持っていきました。

    この頃のお菓子には塩がよく含まれます。

    8月4日。

    ついにあのミルキーにも塩が入ったようです。

    今日(8月13日)、コンビニに行って、

    新しく売られていることに気がつきました。

    もちろん買ってきて食べてみました。

    1%塩が入っているようですが、十分しょっぱい。

    P8130008    

        

        

    この塩ブームはなぜなんだろう?

    なぜ塩が今人気があるのだろう。

          

    登山にとってはありがたいお菓子が増えます。

    2009年8月12日 (水)

    「絵ことば」を読む

    8月5日。

    この日の研修会では、絵ことばの勉強をしました。

    子どもが自由に描いた絵を見て、

    子どもの思いを絵から読み解こうと言うのが「絵ことば」です。

       

    研修会では、講師の方が、子どもの絵をたくさん見せてくれて、

    そこから読み取れることを次々に言ってくれました。

    たとえば・・・・・

        

    ・怪獣がけんかしている絵を描く子は、兄弟げんかをよくしている

    ・蛇はお母さんを表す。

    ・太陽はお父さん、雲はお母さんを表す。

    太陽が雲に隠れている絵を描く子の家庭では、

    お父さんの前をお母さんがさえぎっている。お母さんの方が強い。

    ・横向きの顔は、反抗の顔

    ・紫は不安の色。たくさん紫を使う子は、不安がある。

    ・桃色は紫の代わりの色。

    紫をたくさん使う子に、紫は使ってはいけないと言うと、桃色の多い絵を描く。

    ・青は自制の色。ふだん、自分を抑えている。

    ・犬は自分を表す。鎖につながれている絵を描く子は、自由がないと思っている。

    ・ウンチをよく描く子は・・・・残念、ここは聞き逃した!

    ・頭が平らな自分を描く子は、あまりほめられていない

    ・耳を描かない子は、聞きたくない気持ちを持っている。常に言われている可能性あり。

    ・植物の絵を描いて、葉がない場合は、親のかかわりが少ないことを表す。

    ・家を描いて、三角屋根の場合はお父さんを表す。台形屋根はお母さん

    二階建ての家はおじいちゃんおばあちゃんを表す。

    ・グローブのような手を描く子は、親が過干渉

    ・キリンは、お父さんの帰りを待つお母さんを表す。

    ・絵を描いて、さらに文字を書きくわえて説明をしている子は、認めてほしいという気持ちを持っている。

    ・「木に実がなる絵」を描いた時に、幹の下の土地をこんもり書く子は、孤立している子。

         

    以上です。

    絵画療法と呼ばれる治療に、

    絵ことばの読み取りは生きるわけです。

    ちゃんと「絵ことば解読士」の資格があるそうです。

    フムフム。以前にも聞きかじったことがありましたが、

    今回の研修会で、自分の中でクローズアップされてきました。

    2009年8月11日 (火)

    8月8日 「Maxとき」に乗る

    8月8日。

    高崎市に出向く。

    その時に、東京から高崎市まで新幹線「Maxとき」に乗りました。

    2階建ての新幹線。もしかして初めて乗ったことになるかも。

    お客さんがいっぱいいたので、もう席はないかなと思ったら、

    1階には席がたくさん空いていました!

    これぞ2階建ての新幹線ができた目的。

    少しでも多くの人に座ってもらうために、

    2階建てにして、さらに横が3×3の6席。

    おかげで座ることができ、高崎までの旅を楽しめました。

         

    1階の座席から見える景色は見慣れないものでした。

    P8080002 P8080003

       

       

        

    窓の下の辺とホームが同じ高さ!

    なかなか楽しい体験でした。ついついホームの床を観察してしまいました。

    ホームに立つ人は、下から見上げられてちょっと嫌だろうな。

        

    しかし、防音壁があると外の景色は見ることができず。

    そこんところは残念でした。

    P8080007     

    !?    

       

        

    P8080008 P8080010

       

       

       

    これが今回乗った新幹線Maxとき。

    「Maxとき」は1994年7月に登場しましたが、2003年にリニューアル。

    Maxのロゴの上には「とき」のイラストが書かれました。

    私が乗った車両にも、ちゃんとイラストが書かれていました。

    P8080009     

         

        

    さあ、次は2階に乗ってみたい。

       

        

    7月31日 横山浩之先生のお話

    7月31日。

    勤務校のある市内で講演会があって、

    市内と隣町の先生たちとともに参加しました。

        

    講演テーマ「発達障害の理解と対応」

    講師:山形大学 医学部看護学科 教授 横山浩之氏

        

    収穫あり。

    ここに書くことで少しでも血や肉にしたい。

    横山先生が配布してくれた資料からの引用。 

        

    ○障害に共通した支援に必要なこと

    1.言葉をけずる。(作業記憶への配慮)

    2.一目でわかる工夫をする。(作業記憶への配慮)

    3.微細運動障害に配慮する。

    4.小さな努力をほめる。

    5.良いことをすれば、良いことがおこる。悪いことをすれば、良いことはおこらない。

    作業記憶への配慮とは、「いかに情報を整理して伝えるか」である。

    良くある間違い:かみ砕いて教える

    基本だと思います。再びこうやって書くことで再認識。

        

    黒板には白と黄色のチョークを使い、赤を使うのは良くないと言われていました。

    なぜなら、現在色弱検査が行われていなくて、色弱の児童の実態がつかめていません。

    最も多いのは、赤緑色弱だからです。なるほど。

         

    幼い子どもは、良し悪しの区別がついていないから、

    良いことをして注目をあびるのも、

    悪いことをして注目をあびるのも同じになっているそうです。

    (悪いとはわかっていてやっていると思っていましたが、

    良し悪しの区別がついていないと考えることもできるのかと思いました。)

    したがって教師は、良し悪しの区別を教えなくてはなりません。

    教え方は、対応で変えてきます

    良い行動をしている時の対応は、

    「相手をしてあげます」「努力をほめます」が原則。

    悪い行動をしている時の対応は

    「相手をしてあげません」「行動を変わるのを待って、相手をします・ほめます」が原則。

    これをペアレントトレーニングと言います。

    ペアレントトレーニングについてはもう少し勉強したい。

    次の本を紹介してくれました。さっそく注文したいです。

    読んで学べるADHDのペアレントトレーニング 読んで学べるADHDのペアレントトレーニング

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    横山先生も、

    「小三教育技術2009年6月号」「小二教育技術2009年7/月号」(小学館)に

    ペアレントトレーニングについて書いているとのこと。

    これから発刊される「小二教育技術2009年10月号」にも書いているそうです。

    注目したい。

        

       

    叱ることがなぜいけないか。

    そんな話もしてくれました。

    行動のレパートリーが狭い子に叱っても効果はないそうです。

    叱って悪い行動を禁止するよりも、良い行動を教える方が良いとのこと。

    そうなんだよな、良い行動を知っているという前提を疑わなければならないんだ。    

         

    性善説は信じたいが、

    良し悪しの区別がついていない子どももいることは

    前提として押さえておきたいと思った講演会でした。

    そうか、ブログで「背伸び」をしてたんだ

    前回の投稿に引き続き、

    茂木健一郎さんの「脳を活かす仕事術」(PHP研究所)より。

    またブログに関する記述を引用してみます。

        

    実は、ブログを書くという行為は、

    自分の行動を変えるのに最も適したツールの一つです。

    たとえば、読んだ本の感想を日記として公開するとします。

    つい「”なんだコイツ、こんな低俗な本を読んでいるのか”と思われるかもしれない」と不安になるでしょう。

    そうすると次は「じゃあ、レヴィ=ストロースでも読んでみるか」となる。

    これも、立派な行動の変化です。

    僕は、人が成長する時のきっかけは「背伸び」だと考えています。

    そして、背伸びをする時に欠かせないのが、他人の目です。

    そういう意味では、ブログは究極の「背伸びマシン」といえるでしょう。(65p)

        

    もちろん、ブログでも身辺雑記を書くのは楽しいことです。

    しかし、自分の行動を変えるためにも、少し背伸びをした、

    または、そうせざるをえない文章を入れていくのも一つの手だと思います。(67p)

        

    本を読んで良かったと思う一つは、

    何となく漠然と感じていたことを、

    文章表現して目の前に示してもらった時です。

    ブログを2年間と3か月あまりうってきて、自分に変化が出てきたことを感じていました。

    血や肉になってきたものが増えたと感じていました。

    物事への関心がより高まってきて、こだわりも深くなってきたと感じていました。

    行動力が出てきたと感じていました。

    漠然と。

    この本を読んで、そうか「出力」をせっせとやってきたんだ。

    そうか「背伸び」をうんうんとやってたんだ。

    漠然が鮮明に。ありがたい。

        

    私にはブログは合う。そう信じる。

        

    ※レヴィ=ストロースはだれ?

    2009年8月10日 (月)

    1200本目の投稿/血や肉にする作業

    茂木健一郎さんの本「脳を活かす仕事術」を読みました。

    脳を活かす仕事術 脳を活かす仕事術

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    この本の中に、いいヒントがいくつかありました。

        

    今までこのブログの中で、

    「このブログにうつことで、自分の血や肉になる」と何度かうちました。

    関連したことが書いてありました。

       

    脳の「出力」を高めるためには、

    脳に「入力」された感動した言葉、役立ちそうな情報を、

    友人などに実際に話して「出力」することが大切です。

    その結果、その言葉や情報が自分の血となり、肉となって整理されるのです。(30p)

        

    僕の場合は(中略)、自分の経験をちゃんとした「意味」として保存しておくために、

    ブログを書いています。

    (中略)人間の記憶は、出力を通して整理され、

    意味という抽象概念化を通して初めて「経験」という、

    応用可能なものに変化します。(65p)

       

    文章の抜粋なので、十分に意味が通じないかもしれません。

    「入力」だけで、頭の中でいろいろ思っているだけでなく、

    思ったことをだれかに話したり、書いたりする「出力」をしていくことで、

    自分にとって価値あるものになっていくといった内容だと思います。

    日々の体験をブログに書き記していくことは、

    やはり体験を血や肉にしていく作業なのだと思いました。

    そういう可能性がブログにはあるのだと信じて、これからもブログをうっていきたい。

         

    これが1200本目の投稿。from2007年4月。

       

    2009年8月 9日 (日)

    2009年北アルプスその9/笠ヶ岳・ゴール

    (つづき)

    8月4日。

    笠ヶ岳山荘でゆっくりしてから、いよいよ笠ヶ岳へ。

    P8040198    

        

        

    笠ヶ岳頂上です。

    これが3日間登山最後の頂上です。

    じっくり味わいました。

    次回この高さに立つまでには、しばらく時間があくでしょうから。

         

    ここからクリヤ谷経由で約2000mを下って駐車場に行きつきました。

    下り道で見かけた風景を載せます。

    P8040203    

         

        

    振り返れば笠ヶ岳。

    笠ヶ岳は大きな石が積み重なってできている山だと、

    歩いてみて思いました。

     P8040206arukumiti_2           

          

          

       

    こんなところを歩きました。

         

    P8040209     

        

        

    山のブルーベリーは少し小粒でした。

    しかし疲労した体には、心地よい味を与えてくれました。

    樹林の中を下り、風がなく暑さとも戦いながら歩いていたら・・・・・

    P8040217_2    

        

         

         

       

    こんな沢が目の前に現れました。

    地獄で天国を見た気分。

    喉をうるおし、頭から水をかぶりました。

    冷たさが気持ち良かった。

        

    P8040223    

        

       

    登山道で見かけた蛾。

    また名前を調べてみよう。

        

    P8040227    

        

        

    ついに登山口へ。

    午後2時14分。(駐車場まではさらに30分)

         

       

    今回の北アルプス登山は、

    運動不足であったため、毎日ヘトヘトでした。

    足が動かない体験もしました。

    Nさんから、登り方を教えてもらいました。

    まず前足を出す。

    前足に体重を移す瞬間に、後足をける。

    これが登り方。

    やってみるとわかりますが、前足への負担を減らす登り方です。

    重たい荷物を背負って登る時には有効です。

         

    一歩一歩の積み重ねが、長い距離を生み出す。

    とにかく進んでいけば、ゴールに行きつく。

    そんな基本的なことを実感した登山でした。    

        

          

    2009年8月 8日 (土)

    2009年北アルプスその8/笠ヶ岳山荘

    (つづき)

    8月4日。

    この日の出発は、午前4時40分。

    テント場から見た山並み。

    P8040163    

       

       

    左に槍ヶ岳。右に穂高岳。

    前日に登った槍ヶ岳が遠い。よく歩いた証拠ですね。

        

    P8040171    

       

       

    4日の日の出。

    槍ヶ岳の左から太陽が出てきました。

    今日もいい天気だと思いました。幸運。

        

    P8040174    

        

       

    4日の最高峰、笠ヶ岳。2898m。

    ちなみに今回登った主な山々。

    南岳。3033m。

    中岳。3084m。

    槍ヶ岳。3180m。

    樅沢(もみさわ)岳。2755m。

         

    P8040186     

        

         

    だんだん近づいてきた笠ヶ岳。

    左下の池のあるところは播隆平(ばんりゅうだいら)。

    花も咲き、気持ちのいい場所だそうです。

    笠ヶ岳ゆかりの播隆上人を偲んだ場所でしょう。

    播隆上人は槍ヶ岳を開山したことでも有名。

    笠ヶ岳頂上右下に見えるのが、笠ヶ岳山荘。

        

    7時9分に山荘に到着。

    2時間30分かかる。

    頂上を目の前にして、ビールで乾杯。

    P8040190    

        

           

    朝、この時刻で一仕事済ませて乾杯できるなんて、

    登山ならではでしょう。

         

    山荘の前からの山並み。

         P8040191nami  

        

          

        

    これは笠ヶ岳山荘で買ったTシャツの背中にデザインされていました。

    P8060233    

        

       

    なかなかいいTシャツを売っていました。

    (つづく)次がラストですね。    

       

         

        

    2009年北アルプスその7/コバイケイソウの群生・雷鳥

    (つづき)

    8月3日。

    槍ヶ岳に登っただけでこの日が終わっただけでなく、

    まだ3分の2の行程が残っていました。

        

    そこで見たもの。

    P8030117     

        

        

    こんな道を歩きました。

        

    P8030121     

        

        

    イワギキョウ?ちょっと自信なし。

    P8030122

        

       

       

    ふと振り向いたら、槍ヶ岳がまだ見送ってくれていました。

    ここで雪渓の解けた水を得ました。

        

    P8030130     

        

        

    雪渓のある風景。これも登って来たから見ることができたもの。

         

    P8030141 P8030142        

        

         

    コバイケイソウの群生。

    北アルプスでは、5年周期で一斉開花するらしい。

    となると、こうやって目にすることができたのは、

    幸運と言うことでしょう。やったね。

        

    P8030145 P8030149  

       

       

    幸運と言えば、これも幸運でした。

    雷鳥です、雷鳥に出会えました!

    いきなり姿を現し、しばらく先導してくれました。

        

    P8030151    

        

       

    テント場について、近くの沢で水汲み。

    今回の登山ではいろいろな水を飲みました。

    沢の水、雪渓の解けた水、新鮮な?雨水。

    どれも冷たくおいしかった。肝臓は大丈夫かな。

        

    P8030157     

        

        

    テント場から見られた奇岩。

       

    午前4時35分に歩き出し、午後3時15分に到着。

    8月3日もよく歩きました。(つづく)    

    2009年8月 7日 (金)

    2009年北アルプスその6/ヘリコプター

    (つづき)

    8月3日。

    槍ヶ岳に無事に登れ、槍ヶ岳山荘で休んでいたら、

    ヘリコプターが物資を持ってやってくると聞いて見学をすることにしました。

        

    やってきました。

    P8030105    

        

         

        

       

    ヘリコプターの音は、いきなり聞こえてきました。

    山の陰にいる時は音が聞こえてこないのでしょうか。

    現れる直前に音がして、サ~とヘリコプターが低い高度で登場。

    待っている私たちの前でグ~と上昇。

    その時に撮ったのが上の写真。

         

    P8030106     

        

        

        

       

    槍ヶ岳の前を横切るヘリコプター。

        

    P8030108    

        

         

          

        

    あらかじめ係の人が、

    「帽子を押さえておいてください。飛ばされます」

    と注意してくれました。

    確かにすごい風でした。予想以上。

    押さえていなければ飛ばされたでしょう。

       

    今回運ばれてきたのは、缶ビールが多かったです。

    前日まで天気が悪かったので、あまり物資を運べていなかったのではと思います。

    3日は何度もヘリコプターが物資を運んでいました。

    救助のための警察のヘリコプターも見ました。

    山はヘリコプターが重要な乗り物です。(つづく) 

    2009年北アルプスその5/槍ヶ岳

    (つづき)

    8月3日。

    朝食を食べて、テントをたたみ、支度をして出発をしたのは、午前4時35分。

    前日の雨が嘘のように晴れた日でした。

    まずは目指すは槍ヶ岳

       

    P8030056     

         

        

    午前4時50分。雲海の向こうで太陽が顔を出しました。

         

    P8030072_2    

        

        

    中岳頂上からの槍ヶ岳。

    だんだん槍ヶ岳が近づいてきてワクワク感が高まります。

    いよいよ私も槍ヶ岳に登れると時が迫ってきました。

          

    P8030075    

        

       

    さらに槍ヶ岳に近づいてきました。

    槍ヶ岳山荘が見られます。

    この辺りで、韓国人のツアー登山の人たちとすれ違いました。

    「おはようございます」

    「アンヌンハセヨ」

    といった挨拶が繰り返されました。

    お互い天気が良くなったことに感謝。

         

    P8030079    

        

        

    いよいよ槍ヶ岳に登り始めました。

    傍らには小槍

        

    P8030080    

        

        

    登る人と、下りる人は違うコースをたどります。

    うまくできています。

         

    P8030091    

        

       

    午前7時12分。ついに槍ヶ岳の頂上に立ちました。

    下には槍ヶ岳山荘。そして槍ヶ岳と小槍の影。

           

    P8030098_2 P8030083

       

       

    頂上の様子。

    ちょうど登ってくる人たちが少ない時で、

    25分ほどゆっくり頂上を堪能することができました。

          

    P8030096    

       

        

    頂上から下るときは、このはしごを下ります。

    見下ろすばかりの景色の中、急なはしごはスリルいっぱい。

    下りている最中に手を離せば、もちろん転落。

    死と背中合わせ。

    人間に備わっている想像力で、

    ついつい「手を離したら・・・」と考えるから怖いんだよなあ。

         

    P8030103    

         

         

         

      

    はしごを下から撮った写真。

         

    ついに槍ヶ岳に登れました。

    前日の雨の中、頑張って歩いたご褒美で、

    好天の下、槍ヶ岳に登れたと思いました。(つづく)

        

       

        

          

         

      

        

       

         

    2009年8月 6日 (木)

    2009年北アルプスその4/3000mへ

    (つづき)

    8月2日。

    1000m上昇の南岳新道で出会った景色。

    P8020033   

        

        

    P8020034    

        

       

    P8020036   

       

       

    ハクサンイチゲ

    ハクサンイチゲとミヤマキンバイは相性がいいのか、

    よく一緒に群れて咲いていました。

         

    P80200322700    

       

       

    標高2700mを示す看板。

    こう書いてあります。

    「下りの方へ 

    これからむちゃくちゃ急な下りの始まりです。

    あせらずにゆっくり歩きましょう」

    と言うことは、登りの人にとっては急な登りだったことであり、

    うれしいことに、これからは登りがゆるやかになることです。

    ほんのちょっとほっとした看板でした。

         

    P8020045    

         

        

    アオノツガザクラ

        

    P8020047    

        

        

    コイワカガミ

        

    一歩一歩の積み重ね?でついに3000mへ。

    P8020048

        

        

        

    南岳小屋です。ここでテント泊。

    3000mはやっぱり特別な場所。

    (つづく)

    2009年北アルプスその3/南岳新道

    (つづき)

    8月2日。

    雨がしっかり降っていたせいか、沢の流れも激しかったです。

    そこにかけられた木の橋。

    すべって転落すれば、流されてしまう危険と背中あわせ。

    P8020016 P8020017

       

        

    ちょっと気を許せば、ケガや命を落としかねない場所はけっこうあります。

    ドキドキです。

    身が引き締まります。

         

    槍平小屋に到着。

    標高約2000m。

    ここから標高3000mの南岳小屋まで

    1000mをいっきに上がります。

    その道の名前は「南岳新道」

    地図で見れば水平距離約2250mで、1000m上がる。

    標準タイムは4時間。

    2250mを4時間。時速563m。

    きついことは容易に想像できました。

    でもそれ以上にきつかったし、

    自分の体力不足を実感したコースでした。

        

    一歩も足が出せないことが何回もありました。

    Nさんからはアドバイス。

    「一度止まって休んで歩きはじめると、10分はえらい」

    「だから歩き続けること。止まらない」

    そうですよね、そうだとは思うのですが、足が動かない。

    確実に肺活量は減っているなと感じました。

    自分に「止まるな。足を出せ」と言い聞かせながら、

    歩き続けました。

    そんなコースでの景色。

    P8020029    

        

        

    ニッコウキスゲ。

    P8020031    

        

       

    高い所に上がったから見られる風景。

    (つづく)

    アオスジアゲハの幼虫の食草は・・・

    今回も一緒に北アルプスに行ったNさんは、

    昨年度まで同じ学校に勤務していた理科の先生。

    春に、私が異動するまで、

    理科のことはいろいろ聞いて、アドバイスをもらっていました。

    今回一緒に歩いたので、理科のこともいろいろ聞けました。

    その一つ。

    「今の学校、アオスジアゲハがよく飛んでいて、教室にも入ってきます」

    と言ったら、

    クスノキはあるかい?クスノキを幼虫は食草にしているよ」

    とさらりと教えてくれました。

    ありますよ、クスノキ!

    立派なクスノキが3~4本。(正確に数えていません)

    そうか、あのクスノキから羽化していたアオスジアゲハなんだ。

    食草について調べることを思いつかなかった自分のことはさておき、

    さらりと教えてもらったことに、気持ちの良さを感じました。

    これがあるから、Nさんにいろいろ聞くのが楽しい。

    聞くと、即反応してくれて、予想以上の広がりを得られます。

         

    尋ねられたら、こうやってさらりと教えてあげたいものです。

    子どもからでも。教師ですから。

        

    クスノキを観察すれば、幼虫や蛹が見られるかな?

    次のサイトが参考になります。

    http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/youtyuu/HTMLs/aosuji-ageha.html

    2009年8月 5日 (水)

    2009年北アルプスその2/駐車場でテント泊・黄色のホトトギス

    8月1日の晩に出発。道中は大雨。

    新穂高温泉「深山荘」前の大きな駐車場へ。

    雨はやんでいました。

    駐車場の空いたスペースでテント泊。

    3泊するテント泊の最初。

    P8020001    

        

        

    これがテント泊したスペース。

    午前1時くらいに寝て、午前4時半くらいに起きたかな。

    8月2日。

    夜の間にまた雨が降ったようで、テント内もびしょぬれ。

    まいった。

    支度して出発したのは午前5時44分頃。さあ、いよいよ始まる。

         

    P8020004    

        

       

    新穂高ロープウェイの駅の前を通過。

    これがあの有名なロープウェイかと思って見ました。

    雨が降り出し、この日は最後まで雨の中でした。

    P8020009     

         

         

    ホトトギス。残念、ピンボケ。

    昨年も北アルプスで黄色のホトトギスに出会いました。再会。

    季節は巡りました。(つづく)

       

        

       

        

       

    2009年8月 4日 (火)

    運動不足を痛感した登山でした/2009年北アルプス

    8月1日晩に出発して、2・3・4日と北アルプスを歩いてきました。

    毎日へたばっていました。

    やはり自転車が壊れて、新しい自転車が届くまでの5か月、

    まともに運動しなかったことが、体を軟弱にしていました。

    こんなに登れない自分に腹が立ちました。

    次回は、トレーニングをして臨みたいです。

    なにせ登山は命がかかっているスポーツですから、体は大事。

        

    今回のコースのおおよそです。

    8月2日 

    深山荘前の駐車場ー槍平小屋ー南岳小屋

    8月3日

    南岳小屋ー中岳ー槍ケ岳ー樅沢岳ー秩父平

    8月4日

    秩父平ー笠ヶ岳ークリヤノ頭ー槍見ー深山荘前の駐車場

        

    また明日から登山報告を書きます。

    自分の記録としてブログに保存したい。

        

    2009年8月 1日 (土)

    「あたりめ」持って、北アルプスへ

    今晩8時に出発。

    8月2・3・4日と北アルプスに行ってきます。

    3年連続で、山に詳しいNさんと一緒に登ります。

    山の勉強が、実地でたくさんできちゃいます。

    贅沢、贅沢。

          

    今回はおやつで、塩っぽいものを持参します。

    登った後にほしくなるのは、塩っぽいものだからです。

    最近よく目にする「塩あめ」と「あたりめ」と豆を買いました。

    当然ながら、「あたりめ」が気になります。

    なぜ「するめ」を「あたりめ」と言うのか?

       

    調べました。

       

    次のサイトが参考になりました。こう書いてありました。

    http://www.natori.co.jp/town/ohanasi/story_ika_03.html

    その昔、商人達の間で「するめ」の「する」という言葉が

    「賭け事でお金を擦(す)る」「財布を掏(す)る」といったことを連想させ

    縁起が悪いということで「あたりめ」と呼ばれるようになったようです。

    これはいわゆる「忌み言葉」と呼ばれ、

    現在でも冠婚葬祭などで使うのを避けられる言葉であり、

    他に「すり鉢」を「あたり鉢」と呼ぶのもその一つです。
         

    なるほど。

    「あたりめ」を持っていくと、登山も安全そう。

    天気が心配ですが、これはどうしようもない。

    無理はしない。

        

    もうじき出発です。

    「葉書」よりも「端書」だね

    今年も夏休み中に担任している子どもたちにハガキを送りました。

    まずは暑中見舞い。

    そして夏休みの後半に残暑見舞いを出す予定です。

    8月7日の立秋が区切り。

    ちょうど夏休みが二分できて都合良し。

    子どもたちのハガキを書く機会を増やしたいし、

    「暑中」「残暑」「立秋」という言葉に触れさせたい気持ちもあります。

            

    今年は郵便局の「かもめ~る」を利用しています。

    郵便局に行った時に、

    今年から販売が始まったハガキ全体が青く色づいたものに目がとまりました。

    「いろどり そら」というシリーズだそうです。

    気にいってしまい、買いました。

    Index04_img_01    

       

       

       

       

    9月1日にはくじの抽選もあり、後での楽しみもあります。

    その他、日本郵政のサイトから、

    いろいろなカットをダウンロードできるサービスもあり。

       

    ハガキを出す時、もらった時の楽しい気持ちを味わわせたいね。

        

    ハガキはふつう漢字では「葉書」と書きます。

    でも私は「端書」と書きます。

    子どもの頃、辞典で「端書」という漢字を見て気に入りました。

    それらしい漢字だからです。

    それ以後、ずっと「端書」です。

    調べると、語源的には「端書」とのこと。そら見ろ!

    私は「端書」を書き続けます。